菊池桃子

菊池桃子は、東京都出身の元アイドルで現在は女優を中心に活躍しています。
芸能界に入ったきっかけは、1983年に学研のアイドル雑誌「Momoco」のイメージガールとなって、創刊号の表紙を飾り芸能界へ入り、1984年に映画デビューし「青春のいじわる」で歌手デビューもしています。
当時のアイドルはキャッチフレーズがあり、菊池桃子のキャッチフレーズ「REAL1000%」でした。また、日本レコード大賞新人賞や日本レコードセールス大賞女性新人賞なども受賞しています。ブロマイドの年間売上が1位になり、また最優秀新人の選出についてはすべて辞退しており、辞退理由は「気持ちの整理が付かないから」とのことでした。そのため、同期で最優秀新人に他の人が選ばれています。
歌手では、失敗した形となり1989年以降は歌手業を断念し女優に転向しています。
それでも、シングルをリリースした枚数は18枚、アルバムは10枚リリースしています。
1996年に「鈴木雅之」とデュエットを組んだのが、現時点では最後のシングルリリースとなっています。
女優に転向してからは、「恋はハイホー」「君の瞳に恋してる」など数多くのドラマに出演し映画は「パ★テ★オPATIO」など、声優として「それいけ! アンパンマン てのひらを太陽に」のオカリナ姫役でも映画に出演しています。
デビュー当時からCM出演数も多く当時はCMの女王と呼ばれ「日立製作所マスタックス」のCMで「桃子、うさぎの耳になりたいな」の言葉がブレイクし、モノマネする人も多くいました。また当時女性アイドルグラビア月刊誌「Momoco」ではイメージガールを務めています。
「Momoco」は、デビューの際の売り出し戦略としての起用ですが、創刊号の表紙を飾ることで本格的にデビューしたといわれています。
雑誌の中には「モモコクラブ」という特集ページがあり、自薦他薦・芸能事務所に所属しているか否かに関係なく編集部が認定した美少女の写真とともに紹介し、アイドルオーディションの様なコーナーでもありました。そのモモコクラブに所属していたメンバーは口々に「菊池桃子に憧れて」と話しており、現在も芸能界で活躍している西村知美や酒井法子がモモコクラブに所属していました。
1995年にプロゴルファーで五月みどりの息子「西川哲」と入籍をし、半年後に行われた結婚式後の会見では、すでに妊娠4ヶ月と発表してから、芸能活動が少なくなり出産後までほとんどテレビ番組の出演はなくなっています。2001年に第二子を出産してしばらく経ってからドラマなどで少しずつ芸能活動をし始めています。