東国原知事
東国原知事は、元たけし軍団のメンバーで「そのまんま東」の芸名でお笑いタレントをしていた人物で、本名は「東国原英夫」1957年に宮崎県の城市で生まれで、2007年から宮崎県の知事に就任しています。
ビートたけしの最初の弟子で、お笑い芸人以外に俳優や作家としても活躍していました。
たけし軍団に入る前に、1980年頃お昼に放送していたバラエティ番組「笑ってる場合ですよ!」の「お笑い君こそスターだ!」のコーナーで漫才コンビ「オスカル・メスカル」で出場し優勝していますが、この番組がきっかけでたけし軍団に入ったわけではないようです。
たけし軍団の一員になったのは、たけしの付き人となり、「お笑いスター誕生!!」で「ツーツーレロレロ」として出場し、金賞を授賞したりしています。
たけし軍団の一員となってから、ビートたけしが出演している番組にたけし軍団としていろいろ番組に登場していました。
41歳で「早稲田大学第2文学部」を受験し見事合格し入学しています。大学卒業してから社会人AO入試で「早稲田大学政治経済学部政治学科」入学しますが中途退学をしています。
宮崎県知事になるための準備もあり、2006年にビートたけしの事務所「オフィス北野」と契約を解除し、芸能界を引退したのです。
2007年に行われた宮崎県知事選挙に無所属で出馬し、当時は芸能人だった頃のイメージもあり当選は難しいと言われていましたが、見事当選を果たし選挙時の演説で述べた「宮崎をどげんかせんといかん」は流行語大賞に選ばれ、見事宮崎県をアピールした結果宮崎の知名度も上げています。
選挙活動においては、タレント選挙独特の「タレントの選挙応援」を一切受けないで、「脱タレント」を目指し活動展開を行い、遊説や立会演説では宮崎弁使って、選挙活動最終日にはマラソンをしながら活動など宮崎再建・宮崎自立のための具体的な内容を県民に伝え「そのまんまマニフェスト」や無所属を武器に政治に無関心な無党派層の県民に関心を引きつけさせ、不満を持つ政党支持層へも支持を拡大していった事が当選へとつながっていったのです。
ちなみに子供の頃、夢として小学校の文集に「夢は政治家とお笑い芸人」と書いたそうです。